○回向院の大相撲
・霖雨のため久しく休業せし同相撲は昨日八日目を取結びたるが、当日は達ノ矢、鳳凰及び西ノ海、大戸平の取組あればと足取りよく徳川、近衛の二公をはじめ水野衆議院書記官長等をも見受けたりし。
・音羽山に勝平は、音立合いに付入りて突き廻したるに、勝は聞こえし巧者なれば土俵を割りて逃げたるもすかさず突出して音羽山の勝、その早きこと電光閃々、実に当時幕下力士中音羽をおきて他に見ざるなり。
・鬼鹿毛に外ノ海は、外左差し鬼は上より挟み敵が攻め来るを待ちて小手ナゲを打ち、残し外また付入るを足クセにて防ぎしも外は無遠慮に攻め寄せるをウッチャリて鬼の勝、時に外自分は敵に踏切ありと主張し溜りの大泉は沈黙、検査役八角は見事に鬼の勝なりとて外に相撲の顛末を解き、しかして苦情の成り立たざる旨を説明するといえども外容易に諾せざりしが、雷などの説諭に外悄然と土俵を下りしは見悪き事なりし、およそ力士が土俵にありて觝う時は双龍珠を競う場合なれば自身には踏切などの判別し能わざるものなり、もしこれを判するとすれば角觝に不熱心か或いは数十等以下の力士と觝う時ぞかし云々と溜りでの評。
・大泉に高浪は、左差しヨリ来るところ見事棄て身で大泉の勝、しかるに又々苦情ありて預り、但し星は大泉の方なり。
・大炮に大蛇潟は、立合に大蛇突掛け行くを炮押し戻し付入るところを敵堪えたればヒネリを見せ、付込みて押し切り大炮の勝は久々の事なりし。
・平ノ戸に千年川は、右差しヨリ切りて千年川の勝。
・鞆ノ平に朝汐は、朝右差し鞆左手で小手ナゲを打ちしが、ヨリ倒して朝汐の勝。
・谷ノ音に小錦はかねては観客の望む顔合せなれども、如何せん谷は当場所に於いてすこぶる不出来なれば何んとなく人気引き立たざりき、さて力士は立上ると等しく左四ツにつがうやいな谷は例の足クセでソリを打ちしに錦はすかさず切返して同体流れて預りはよし。
・大纒に高ノ戸は、高左差しヨリ行くを纒体を廻して挑みたり、時に行司は力士を東西に離したり、満場如何なるわけなるかと不審の晴れざりしに行司は高ノ戸に団扇を上げしに、観客はいよいよ不可思議の次第と思いたるが、全く觝ううち纒に踏切りありと高砂は云えり。
・響矢に今泉は、今左差しヨリ倒さんとせし時アワヤ響引張り込んで撓めツツ棄て身となりて今に突き手あり、物言い起こりて預り。
・司天龍に大達は、立上り司は勢い鋭く突掛け来りたり、達はヨイショと受けツツ体を斜に振り出して大達の勝は近来の見物立派立派。
・知恵ノ矢に出羽ノ海は、右差し釣出して出羽ノ海の勝。
・鳳凰に達ノ矢は満場の拍手に迎えられたり、両力士は無造作に立上り左四ツにつがい達は上手を引て敵の仕掛け来るを待つ有様なり、鳳凰は七日目まで勝ち通したればドウデモ今日こそ達に勝たざれば出世の妨げともなるべしとて容易に觝う体もなかりしが、達は巧みに一寸と挑みしに鳳は此所ぞと勢い込んで出で来る途端、得たりと出しナゲで達の勝は賭師の失敗。
・西ノ海に大戸平は、かねて待ち設けし角觝なれば観客はいづれも固唾を呑んで勝負如何と思ううち、力士は丁寧に仕切り立上り大は二本差しとなりてヨラんとするを、西はこれを諸に絞りヨセ返して撓め出さんとアセレど大は満身の力を込めてこれを防ぎつつかえってヨリ切らんと土俵際まで攻め来れば、西も全身の力量を出してこれを防ぎて小手ナゲを打ちしが、敵は奮迅の勢いにて攻来るより流石西の体もシドロとなりしを、得たりと付入り見事ヨリ倒して大戸平の勝にて打出したり、時に満場の拍手喝采は破るるばかりにて、布団など飛び来たり中々の喧擾なりし。
悪天候で日数がずいぶん空いてしまいました。昨年導入の雨よけテントはどうなってしまったのでしょう。新十両の鳳凰、地位は７枚目ながら前日まで全勝を見せてこの日は何と前頭３枚目の達ノ矢との対戦、なかなか珍しい事です。先場所は大炮を止めた達ノ矢、鳳凰も破り幕内の実力者としての面目を施しました。西方は負け越し力士揃いですが、この日は唯一の好調者大戸平が西ノ海を破り、谷ノ音も小錦と同体に持ち込み、三役の意地を見せてくれました。
明治２５年夏場所星取表