○大角觝大紛議の続聞
・回向院五月場所大角觝開場の間際に至り突然内部に大紛議を生じ、ために開場に至らず無期限休業となりし次第はほぼ前号に尽くしたり、今その続聞を記さんに、そもそも今回の紛議は一朝一夕に起こりたるにあらず、今春以来東西力士合併をなし地方興行をなし居りし際、西の方にては協会の整理の立たざるを見、今に於いて矯正せざれば力士の行く末覚束なきものありとて密々協議を凝らせし事あり、其の際東の方へ交渉に及びたるに意見に相違する所ありて合同せず、ために一致の運動をなす事あたわざりしに、此の頃発行せし好角雑誌なるものあり其の紙上に於いて痛く高砂部屋一同を非難せしより、東部屋有力の力士は大いに不快の感を抱き此の記事は畢竟この道の者の手より出たるに相違なしとて、ここに初めて西方に賛成し一致して協会を攻撃するに決せしなり。
・かくて東西力士は寄々に密議をなし遂に協会に対し(一)検査役に中等汽車の乗車を許し紫房行司即ち木村庄之助同じく瀬平の二人に下等汽車へ乗せしむる事(二)無断にて検査役の給金を増加せし事(三)歩持ち年寄に対する力士の歩割比較的小額なる事、等を理由としてこれが改正を望み併せて検査役の改選を申込みたるに、協会は昨日の紙上に記載せし如く、固くとってこれに応ぜずここに於いて力士一同は両国中村楼に集会し善後策の相談に掛りたり。
・しかるに協会にては、かく力士連の請求をこそ斥けたれどなるべくは事の穏便を望む所より、俄かに各年寄を協会へ召集し各部屋部屋の力士に対し利害を説いて和解せしむる事を託したれば、各年寄は一昨夜その部屋部屋の力士を集め百方説諭をなしたるも、力士等の団結堅くして容易に服すべき気色見えず、各年寄も飽み果てこの旨協会へ復命せしにぞ、協会にては師の説諭をだも聞かずとならば此の上は止むを得ず同盟力士を番付より除き他の力士にて開場せんと謀りしに、此のこと早くも力士連へ通報する者ありて一層の激昂の度を高め、かく我々の請求を容れずかえって師の命に背きしを咎め破門するとあらば甘んじて破門を受くべし、此の東京のみに日の照るものかはとて少しも動ずる色なきのみか一昨日午後四時より更に両国中村楼に集会して何やらん密議に掛かり、此の席には何人たりとも立ち寄らしめず夜に入るまでも退散せざりしより、本所警察署にては此の力士の会合は集合条例に抵触するものなりとて特に警部一名巡査一名を同楼へ派し、主立ちたる会主に面会の上その解散を命ぜしめたり。
・よって警部巡査は同楼に行き、使を通じて会主に面会を求めしに、今日の集会には会主たる者なしとの返答なれば、さらば三役に面会せんと言いしに三役は警部等に面会するを厭いしものか裏梯子より降りて早々帰宅したるを以て、警部等は止むを得ず兎も角も今日は解散せよ明日三役を警察署へ出頭せしめよと命じ帰署の上この顛末を復命せしかば、市川本所警察署長は一方ならず心痛し力士社会にかかる紛擾を生ぜしは世間の人を驚かすのみかは区内の繁昌を傷つくるものなれば一日も早く和解せしめ本場所を開場せしめんに如かずとて、かねてかかる事に経験ある現本所区長飯島保篤、元本所区長伊志田友方および元同警察署長たりし室田景辰の三氏を訪い仲裁の事を談ぜしに、三氏とも快くこれを諾したれば、市川所長も一個人の資格を以て和解に尽力するに決し一昨夜十時東の方小錦、朝汐、逆鉾、源氏山、常陸山の五名、西の方大砲、梅ノ谷、荒岩、鳳凰、谷ノ音の五名に対し懇談したき事ありとて招状を発したり、しかるに解散の命を受けたる力士等は直ちに中村楼を退散し各郎屋部屋へ戻りしが、また寄々に会合し三役とあるべき者が如何に警察官の来れりとはいえ裏より逃げ出すようにては目的を達すること叶い難からん、全体この事件は誰が起こしてかくなりしものぞなど口々に罵り、果ては発起の奴が悪者なれば見付け次第に坊主になさんとひしめくもありて自ずから仲間割れの姿となり、愚痴を並ベつつ稽古するも見受たり。かくて署長より招かれし人々は小錦の羽織着たるを除くの外、他はみな単物一枚にて昨日午前十時頃稽古場より本所署会議所へ出頭せしが、大砲は病気のため出頭せず同所には署長を始め室田、飯島の二氏ほかに青木庄太郎氏もあり力士等を見て百方説諭をなし早く和解せよと勧誘して引き取らしめ、更に協会の雷、阿武松、関ノ戸、若藤等を招き是等にも篤く説諭したり、されば小錦等は警察署を去りてのち回向院前の高砂屋に会し再び密議を開きしが、昨日午後五時頃まで何等の決議にも至らざりき。
・右紛議に関し木村庄之助、同じく瀬平の二人は歩持ち年寄にて行司を兼ぬるものなるが力士の同盟に加入したりとて一昨日午後協会へ呼ばれ痛く油を取られたり、また元の両國すなわち今の年寄伊勢ヶ濱勘太夫はかねてより囲碁を嗜み常に田子ノ浦を相手として盤面を争い三食を忘るる程なりしが、今回の紛議の最中ある人勘太夫に向かい碁は如何と尋ねしに、何して碁どころの沙汰ではない、収まりの付く工夫が大事だと真顔になって騒ぎ居しは平素の柄に不似合なりし。
スト事件の続報です。力士側の要求には行司の待遇改善も含まれており、行司は力士側についているということでしょうか。協会としてはまず各親方に命じてそれぞれの部屋で力士たちへの説得を試みましたがうまくいかず、師匠に背く力士を番付から除外しようという意見も出ましたが、それが力士側に伝わり関係が悪化してしまいました。その後、集会を禁ずる条例に反したとのことで警察が介入することとなり、飯島・伊志田・室田の三氏が仲介にあたることとなりました。これは三年前の中村楼事件の時と同じ顔触れです。力士側・協会側それぞれ呼び出して説得してみますが、進展なしです。ちなみに行司は完全に力士サイドというわけでもないようで、協会に呼び出されてひどく油を絞られたとのことです(;・ω・)