○回向院大相撲
・昨日五日目は前日より一層景気よく、常連貴顕方の他に柴原、折田、時任の各県知事警視官等をも見受けたり。
・知恵ノ矢に上ヶ汐は、知右差しとなりて互いに巻合い、上は上手を引きヨセて釣らんとするトタンに前袋をトリ内ガケモタレ込んで知恵ノ矢の勝。
・真鶴に出羽ノ海は、立合い鶴は左差しとなりしも出が上手を引きしため勝手悪しと一つマクリ、離れて烈しく突合ううち出羽は金剛力にて跳ね返したる時、鶴の体ヒョロヒョロと浮き足となりし所を、得たりと突出し出羽の勝は、この力士にしてはすこぶる活発。
・海山に真力は、突合ううち引落して真力の勝。
・大泉に響升は、響例の化粧立ありてようやく立上り、響は左差し大はこれを掻き込み同じく左を差さんとするを、敵は上手に右をあてジリジリ押しに攻立るを大は土俵際にて撓めんと防ぐうち、少し釣り身となりヨリ切りて響升の勝は一寸面白かりし。
・大達に大鳴門は、立上り鳴門左差し達も共に差さんとするを敵は右手にて妨げ押切らんとマクリ掛け攻行くを、達は最早これまでと泉川に絞り一ツ振りたる時は鳴門ほとんど危うかりしが残して、再びヨラんとせしかば達は左手にてナタで攻付くるを、手早く引抜き鋭く跳返して大鳴門の勝は見事の早業と云うの外なし。
・一ノ矢に鞆ノ平は、立合いに一は左を深く差したるため首投げにて鞆の勝。
・北海に楯甲は、北右差しヨラんとするを楯は防ぎながら同じく右差し、四ツとなり撓め合ううちスクイ投げにて楯の勝。
・谷ノ音に今泉は、当時売出しの若力士なれば土俵に上ると等しく場内は自からどよめき、暫時は鳴り渡りたるうち造作なく立上り烈しく突合い右四ツにつがい、競い居るうち谷は押切らんと一歩進んでヨリ来るを今泉は切返しに行きたるも突手ありて行司は団扇を谷ノ音に指したるより紛紜を生じたるが、ついに預りとはなりぬ。
・平ノ戸に若ノ川は、若右差しにてヨラんとせしを平は泉川に絞りたるを、若は跳ねほどき左四ツとなり揉合いヨリて平ノ戸の勝。
・司天龍に八幡山は、立合い右四ツ司は上手を引いて睨み合い、隙あらば引寄せ釣らんとの心組なるも八幡は少しも油断せず腰を落してヨラざれば、ただ互いに突っ立ったまでにて水入り、のち観客へ言い訳のため一寸と揺すりて引分は興なし。
・嵐山に小錦は、立上り錦は手早く左差しにて攻行くを、嵐は泉川に掛けんとして一寸とヨリし時、これを避けんとして体を廻しながら渡し込で錦の勝。
・若湊に綾浪は、立合に綾はヅブネリと行くつもりなりしか突然モグリしを、若は一寸と突き開いて例の鉄砲を打出さんとするうち綾は早くも付入り左四ツにつがい攻立るを、若は土俵際にてここぞ大事と防ぎしが、釣出して綾浪の勝。
・西ノ海に芳ノ山は、芳立合に左差しとなりしが泉川に絞り突放して西ノ海の勝にて打出したり。
この時代の取組描写の中で目につくのは泉川、撓めといった極め技です。相手の片腕をこちらの両腕で極めてしまう技で現在あまり聞き慣れませんが、体が大型化した今の力士には効きにくい技かも知れません。用途としては相手の差し手に対して掛ける場合が多く、今で言うとおっつけがそれに代わってよく使われている技のように思います。さて小兵のワザ師として長く幕内で活躍した上ヶ汐は今場所で引退、結果的にこの日の相撲が最後となります。
明治23年春場所星取表