○回向院の大相撲
・昨日十日目千秋楽の同相撲は、活発なる角觝なかりしゆえ評は除きぬ、しかし未曾有の出来事ありしゆえこれを別項に掲ぐる事とせり。
○相撲場の出来事
・昨日十日目の相撲中入前、小松山に笹島の角觝は立上り左四ツにつがい必死となりて競いしが、取疲れたりとて行司及び検査役はこれを認め引分、観客もまた此の処置を不当とは思わざりし、しかるに中入後となりて一の椿事こそ起りける、それは笹、小松の引分にして笹は雷の部屋小松は八角(大鳴門)の部屋なれば取りも直さず同部屋も同然なり、しかるに笹は七日目までは立派に勝越し八日目に大砲に敗を取りしまでにて、昨日小松に勝を得れば二円五十銭の増給なり、万一負ける時は一円五十銭なり、かたがた一円の差あれば全力を出し觝うは当然なり、小松もまた勝越ありて当日笹に勝つ時は一円五十銭の増給、敗を取れば五十銭、これまた一円の差あれば迂闊に取るべき筈なし、しかし引分となれば笹は二円小松は一円の増給なれば互いにこれを打合せ、かく觝いしならんとの嫌疑なるか一旦引分し相撲を再び仕度部屋より呼出し觝わせんとせしに、小松は中々諾する様子なく四本柱の検査役が認めて引分とせしを取直さするとは何事なるか、我等の相撲を取直すとあらばこれまで引分し全ての相撲をも取直さするこそ至当なれと云い張り中々土俵に上らざれば、高砂は溜りにありて面色朱を注ぎ大喝一声上れと叱咤するも更に応ずる様子なく、関ノ戸もいよいよ取直さざるやを尋ぬるうち玉ノ井出てこれをなだめツツ説諭して遂に取直したるが、力士はいづれも怒気を含みて立上るや左四ツにつがいヨレばヨリ返して水入り、のち又必死となりて競いしが取疲れ引分とはなりぬ、このほか中入前引分となりし漣に三熊山は左四ツ掛け倒れて三熊山の勝、萩ノ森荒虎は同様取直し首ナゲにて荒の勝にて打出したるが、萩荒の立合は三役の後なり、相撲始りて以来三役の後に取直しをさするは実に今回が初めての事なりと、そも土俵上勝負の判定は検査役の重任なり、検査役一度取疲れしと認め引分たるにも拘わらず、土俵外にありしものより今の立合は不審なり取直さしむべしと云われしに応と答えて取直さしめたるは検査役その任を尽くしたりとは思われず、その判定の不当なりと云わるる時はその不当ならざるを弁明し、万一説明し能わざる時はその任に堪えざるものなれば他人に検査役を譲るこそその任を尽くしたるものなれと、或る年寄は歎息して語りたり。
○外人合併相撲
・大達、達ノ矢、大泉、今泉、大蛇潟、雷山等は米人ハンセントと云える身の丈六尺以上の力士及びウエブスター等の一行と共に明後二十三日より中洲に於いて合併相撲を興行するよし。
○力士の出稼
・回向院の相撲は昨日にて千秋楽となりしかば小錦、八幡山、西ノ海、剣山等は横濱へ、それより小錦、八幡山の一行は直ちに北海道へ、西ノ海、剣山は越後地方へ、若湊、楯甲の一行は上州より越後へ、いづれも出稼ぎする筈なり。
○横濱の花角力
・明二十二日より、横濱市賑町に於いて晴天五日間東京大阪の合併相撲を興行する由なるが、右両大関は小錦、八幡山の一行に大阪組には大鳴門、緋縅、鶴ヶ濱、春日森なりと。
現在でも力士の「持ち給金」は勝ち越し1点につき50銭の昇給ですが、この時代も同じシステムですね。八百長疑惑で幕下力士が取り直しを命じられてしまいました。巻き添えで、千秋楽の是より三役が終わったあとで取り直しさせられた力士も(;・ω・)珍事です。勝負検査役(審判)の主体性のない状況判断に苦言を呈する意見も出ていますね。さて場所後の巡業情報ですが、大達は外国人レスラー軍団と。伝統的な巡業よりもこういうスタイルが好きなようです。なお夏場所で活躍した楯甲は秋巡業の滞在先で大地震に遭って命を落としてしまいます。有望力士であっただけに周囲の悲しみはどれほどだったでしょうか。
明治24年夏場所星取表