○回向院大相撲
・昨日四日目の同相撲は前日に優りたる大景気にて、此の分にて明日の日曜は客止ともなるべしなど人々噂せり、さて今回の大入は全く大炮大達両力士の呼ぶ所にして、かの人気角觝小錦は病気なりとて初日以来影さえ見えざりしが昨日は土俵入りをなしたり、同力士贔屓はいづれも錦こそ明日は大炮との顔触れなるか或いは大戸平と組合わするかなど喃々呟き、木村庄之助の取組み顔触れ如何と待ち構えたるに小錦の小の字も云わざるより、さてこそ未だ病気全快せざるものなるかと少しく失望の体なりし。
・高ノ戸に大碇は、碇少しく立ち後れし体なりしがスカサず押切りて高ノ戸の勝。
・知恵ノ矢に大蛇潟は、右四ツにつがい大は敵より一層躯幹高き方なれば釣り出さんとエイと引付けしを、知は得たりと得意の足クセ巻き倒さんとせしを、踏張りて防ぎツツ上手ナゲに行き大蛇潟の勝。
・大炮に大泉は、待ち設けたる角觝なれば力士が土俵に出るやたちまち喧しくどよめきたり、さて力士は丁寧に仕切り殊に泉の如きはすこぶる勘定を付けたるものの如く、立上るや一寸と体を避け斜に右を差したるに、大炮は一向無頓着の様子にて同じく右を差して四ツにつがいたり、泉は足取りに行かんとの考えもありしかなれど大炮は左に挟み付けジリジリ押しにヨリ来れば、敵はこれを振り解かんと体を左に避けんとモガケば、右より攻め右に開かんとアセレば左よりして挟み付けヨリ来れば、泉一寸と棄て身を打ちたるも体量重きため其のままヨリて大炮の勝となりしは今日の所にては記者当然と云うの外なし、泉は遺憾の様子にて暫時は土俵を下らざりしは心情さこそと思われたり。
・真力に千年川は、右四ツ千は遮二無二ヨリ来るを真力も流石に剛のものなればこれを堪えし時には足クセモタレ込まんとなせしが、踏張り残すトタン釣出して千年川の勝。
・響矢に北海は、一寸と見栄えあるならんと思いしが、立ち上ると等しく左差し付入り渡し込んで北海の勝は実に二秒程の間なりしは呆気なし。
・平ノ戸に外ノ海は、外左差し右ハズにて攻め寄せ来れば平これをようやくに堪えたるが、外は再び押し切る勇気なきゆえ足取りとなりて詰めヨリ、平はほとんど危うく見えしが取られし足を敵の股に踏張り少しく外の浮足を見て見事ヒネリて勝を得しはあっぱれ大出来。
・大戸平に綾浪は、綾勢い込んで右を差しヨラんとせしが、小癪なと言わぬばかりの面体にて手強く挟み付け難なくヨリ切りて大戸平の勝。
・八幡山に達ノ矢は、いづれも人気あれば場内は何となく景気よく見えたり、さて力土は立上り突合い達は左差しとなり八幡泉川に行きしをを達は振り解き、あとずさりしつつハタキしを付入り押切りて八幡の勝。
・大纒に立嵐は、立上り纒右差し立はこれを撓め出さんと金剛力を出して攻めヨリ来りし時は纒危うく見えしが、上手に振り解きツツ体を廻し手早く左を当て押切りて纒の勝は見事なりしが立嵐には気の毒。
・鞆ノ平に出羽ノ海は、老人同士の角觝なれば更に人気も引立たざりしが、化粧立に鞆例の滑稽的出羽の鼻柱を一寸と叩きしに、出羽は痛さに堪えかね鼻を摘みて佇立せし時は場所哄笑、さて力士は立上り鞆右差し出羽はこれを押さえ前袋を掴みてヨラんと揉合うトタン、巻倒して鞆の勝は大喝釆。
・谷ノ音に朝汐は、谷敵の差し手を撓めヨリ来るを、朝は辛うじてヨリ返し右四ツにつがい挑み合ううち谷はセキ込み足クセヨリ倒さんとするを、朝巻倒れ同体流れ預り。
・鬼鹿毛に一ノ矢は、足クセ掛け倒して一ノ矢勝。
・大達に剣山は、左四ツ互いに投の打合いとなり遂にヨリて剣山の勝にて打出したり。
この日も大炮が注目の的、連勝を伸ばしました。身長は194cmあったと言われていますが、この頃の幕内力士の身長は170cm台前半が主流でしたので飛び抜けて大きかったということになります。大関八幡山も好調で4連勝、大達は今も人気は衰えていないようですが相撲の方はすっかり弱ってしまい、かつて両大関として君臨した剣山との一番にも敗れてしまいました。
明治25年春場所星取表
西前頭11・知恵ノ矢虎太郎