○回向院大相撲
・昨十五日(三日目)は朝来の好天気に加え、日曜日と云い職工連の休業なれば午前十時頃には早や立錐の地もなき大入を占めたり。
・緑川に松ノ風は、釣りて松の勝は苦もなし。
・利根川に西郷は、左四ツに組み利投げを打ちしも残されかえって西は引立て寄り切っての勝まづ上々。
・谷ノ川に嶽ノ越は幕下にては三役に数えらるる好力士、嶽は下手に左を差し右筈で当てれば谷は右を巻き左上手にミツを取りて投を試みしが嶽は腰を落して効かず、少しく躊躇の体なりしがやがて嶽は筈手に全力を寵めて押切り嶽の勝は面白し。
・成瀬川に稲瀬川は、立ち上り突きの一点にて成の突き掛けを透かし弾きて体のよろめくを突き出し稲の勝は、相手の未だ若きに依る。
・甲に一力は、突き合い甲諸筈にかかって押切り甲の勝は呆気なく、一力の手術を施さざりしは休業の故なるべきも余り見劣りのせし相撲なりし。
・玉風に常陸山は、満場拍手歓呼のうちに迎えられ悠々と土俵に上り仕切も饒に立ち上るや否な常は玉の左を引込み右を当たると見る間に面倒と云う風にて掬いし力に、玉は右を差す間あらせず土俵の詰に打倒されしは格段の違いにてありし、此の分にて押し行かば強敵は最早常の眼にあらざるべし。
・高見山に不知火は、高右筈にて押切らんと進めば不知は早くも寄り返し左を強く押切って勝を占めしは老功の致すところ、高も術なし。
・増田川に小天龍は、突合い小天鼻頭を突かれて出血の痛にて引分は僥倖。
・大見崎に狭布里は、大見左差しにて平に押切らんと進むに、狭は危うくなりここ盛り返さんと右上手を取って一本背負に掛けたるも、大見のアビセに体潰れて狭の敗。
・鬼ヶ谷に玉ノ井は、玉二本を差し挟んで寄り切りの勝は大出来大出来。
・源氏山に梅ノ谷は当日一等の好取組、場中は割るるばかりの喝釆にて二カ士は念入に仕切り気合を量って立上るや否な左四ツにしかと組み、源は打つ梅は寄らんとするも互いに効かずただ中央に仁王立ちにて暫し憩う体ゆえ水となり、源は右上手を巻き梅は右上手ミツを取りて揉み合うばかりにて引分は何れにありても仕掛るは損との横着なり。
・黒岩に荒岩は前に次ぐ好取結み、相四ツに組み荒は下手投げを打たんと寄る鼻を黒は得意の櫓に懸け地上三尺高く釣りたるに、荒は腰を落して釣り返さんとウンと力を入れるを、黒はドウツキに落したれば荒は自分の力と敵の力にて腰砕けて右膝を突きしは案外の勝負、必ずや観客は怪我負と註解せん。
・朝汐に鬼鹿毛は、鬼二本を差されて他に手なく瞬間に土俵の詰めに寄せられ左を首に巻きて落さんとするも、朝の押し烈しくして敗は是非もなし。
・小錦に當り矢、當り錦の横顔を張って立ち錦の少しくひるむを付け入り諸筈にて押し錦を今一足にて敗を取らん体なりしが、危うく廻りてハタキ込みにての勝ちは横綱だけありし。
・中入後、小武蔵に鬼龍山は、鬼の突きに小も詮術く腰を挫く。
・金山に大嶽は、待った十余回の後ようやく立ち、金は引掛け小手投げを打ちしも決まらず、逆に打って諸倒れ金の方遅かりしとて団扇は金に上がりしも、物言い付きて預り。
・熊ヶ嶽に鳴門龍は、エイと声の聞こゆる間もなく熊の体は東溜りに在り、後にて聞けば鳴の諸筈なりと。
・北海に天ツ風は、天ツ左差しにて寄るを北は右筈にて防ぎしが、天ツ右上手を外枠に行き首投にて見事の勝を占めしは天ツの上出来か北の弱きか。
・岩木野に横車は、立ち合い横は岩の左を引込まんとすれば岩はイヤと引く、横は更に付け込み押切って勝はまず拾い物。
・大蛇潟に鶴ヶ濱は、右四ツにてもたれ込み大蛇の勝。
・若湊に谷ノ音は、若少し立ち後れたるにも撓まず受け止め、右筈にて寄る出鼻を谷は掬って勝を取りしは珍らし。
・大纒に大砲は、纒の出鼻をハタキてヨロメクを二本にて支え悠々西隅に押切ったるは子供の転ばんとするを助け起こして安全の地に持ち行くが如し。
・逆鉾に小松山は、左四ツにて逆は釣らんと寄るも小松は大兵にて右上手ミツを取りて釣らんとするより、逆は下手に入り左を巻きつつ寄り倒したる手際、最も面白く観客を喜ばせたり。
・千年川に鳳凰は、突出し鳳の勝にて打出したり。
先場所の九日目に復帰してきた一力は、幕内格の張出として番付に載りましたが、十両の甲(かぶと)に敗れて3連敗、相撲内容も良くなく「手術を施さざりしは休業の故」とあるのは「技が出ないのはブランクのため」という意味と解釈します。玉ノ井(たまのい)は諸差しで快勝。先場所まで高浪という四股名でしたが、勝平と同様に二枚鑑札で今場所から改名しています。源氏山vs梅ノ谷は三役の人気者と話題の新鋭との対戦、期待されましたがお互いに決め手なく引き分けでした。荒岩は黒岩に突き落とされて初黒星、観客の目には怪我負け、つまり取りこぼしに映るかも知れませんが、荒岩にとっては先場所に続いての黒星となり、取りにくい相手なのかも知れません。
明治31年夏場所星取表