・昨三十一日、回向院三日目の相撲は観客およそ二千五百人、上景気にて。
・浦湊に嶋田川は浦湊の勝。
・緋縅に上ヶ汐は仕切も立派に立上り、二つ三つ突掛けて上ヶ汐は右手を差し左手を相手の右手にからみ、緋縅は差されし敵の右手を我が左手にて殺し、双方互いに揉み合いて暫し土俵の中央に立ちたりしが、ややありて上ヶ汐は差したる手をほどきながら隙を伺い、組入らんとする折しも、あれ緋縅は深く左を差し込みて力に任せて寄せたりければ、是より上ヶ汐は受手となりタヂタヂと後の方へ引くよと見えしが、ついにえ堪えずして踏切り緋縅の勝。
・達ヶ関に清見潟は預りにして勝負なし。武蔵潟に井筒は武蔵潟の勝。
・西ノ海に鞆ノ平は念入れて立上り双方より「突掛け」「はね合い」居たりしが、鞆ノ平は機を見て西ノ海の前袋に右手を掛けたるにぞ西ノ海は之をはづさんと一心に敵の右手を殺して少しも動かざりければ、見物人は固唾を呑んで勝負如何と待ち居たりしに、ややありて鞆ノ平はモドカシクヤ思いけん、急に暴れ出し金剛力もて押出さんと西ノ海の体を力一ぱいに押行きければ、西ノ海もここぞ大事と一心不乱「踏切」るまじと堪えしも、ついに術なくして押切られ見事に鞆ノ平の勝となりしかば、観客の喝采一時は鳴りも止まざりけり。
・楯山(若嶋改)に大達は、機を見て双方立上ると等しく互いに腕先にてセリ合いハネ合い居たるうち、大達は左手を楯山の右腋に入れしが、楯山はすぐに其の手を我が右手に巻き込み双方互いに押せども動かぬ大磐石、観客は静粛として勝負の如何を待ち居りし時、力声もろともに或いは押されて後に退き或いは押して前に進み、甲乙互いに輸贏を争いて勝負の如何も計られざりしが、楯山が振りほどき突掛け入るを大達は之を受けて後ずさりしつ争ううち、楯山の体は力に余りて前の方に流るると見えしが、行司は勝負ありとて楯山の方に団扇を揚げしに、大達は不承知を言い出し西の方の力士輩も行司の見誤りなりと云い、ついに一つの葛藤を生じ年寄等も相談して双方に示談を言い入れしも容易に之を受けかわず、かれこれ談判に時を移し一時間程も過ぎし頃ようやく示談ととのいて、まず預りとはなりしが後にて聞けば勝点は大達の方にありて、ただ場面だけの預かりなりとぞ。
・(以下中入後)立田野に九紋龍は、九紋龍踏切て立田野の勝。
・小武蔵に常陸山は花やかに立上り三ツ四ツ跳ね合う、小武蔵は下へ潜り常陸山の左足を抱い上げ持出さんとせしかば、こは七分小武蔵の勝なりと喝采の声早くも場内に響き渡りしが、此の時常陸山は之を外さんと遮に無にフンギリしに、幸い抱い上げられし足地に付きて小武蔵が寄来る途端双方ともに土俵を出しが、小武蔵の方一足早く出でしにて常陸山の勝。
・千羽ヶ嶽に稲ノ花は、押切りて千羽ヶ嶽の勝。
・出来山に高見山は、難なく立上り三ツ四ツ跳ね合ううち「はたき込」みて高見山の勝。
・大鳴門に高千穂は中々念入りて立上り、勢い込めて突っ掛るうち大鳴門は高千穂の前袋を左に取り、高千穂は右にて相手の左手を殺し、少しも働かせず自身もしきりと大事に取りて立ちたるまま一向に動かざりしが、暫時ほど経て双方より暴れ出さんとする時預かりとなりしは、いと惜しかりし勝負なり。
・手柄山に関ノ戸は、美事に立合い互いに隙を見付けて組入らんと土俵を廻るうち、手柄山は「ハネ負け」て踏切り関ノ戸の勝。
・浦風に梅ヶ谷は、悠々と土俵に上り機に応じて立上るや否や、双方より突っ掛けしがややありて浦風は左を相手の右腋に差せしに、梅ヶ谷は両手を差し其のままグッと寄りて梅ヶ谷の勝となりしは是非もなき勝負とや云わん。
・去る二十九日の事なりとか、相撲年寄の朝日嶽が弟子、越後出生の富山庄造(二十六)といえるがかねて愛顧を受け居る神田神保町の或方へ訪い行き馳走になりしと見え、ほろ酔い機嫌にて午後九時頃表神保町をブラブラ帰り来るとき、客待ちをなし居たる車夫どもは左右より乗車を勧むるを、謝し謝しと断りしも、車夫は尚も聞き入れず後につき来たりしかば、富山は後を振向きて、おのれ五月蝿き奴原なり、いで力を示し呉れん、と云いざま逃ぐる三四人を引き捕らえて大地へ投付けたれば、残る一人が辛くも此の場を逃れて屯所へ訴えしかば、富山は直ちに拘引せられて罰金十銭を申付けられたりとは、いわゆる勇を用ゆるに其の場を得ざるの過ちというべし。
出ました、一時間の物言い。星取表の方は大達の白星になっていますが、この場では預かりとして収められたようです。とりあえずその場の揉め事を収めるために預かりとしておき、星取表上では普通に白黒つける場合、また星取表でも預かりとして番付編成や給金の計算では分のあった方を白星扱いとする場合、勝負互角と見えたときは引き分け同様に完全な半星と扱う場合、と預かりには3種類あります。ところで富山・・・(;・ω・)2年後、幕下最下位あたりに名前が見えますので、この時はおそらく三段目でしょう。人力車が当時のタクシーですが、こうして客引きをしていたんですね。力の使い所を間違えていると記者に突っ込まれてます。荒くれ者の多い明治相撲界。
明治15年夏場所星取表