・回向院六日目の相撲は日曜にもあり天気もよし、また面白き顔触れなれば早天より詰め掛けし観客五千人の上に出でたり。
・(中入前)稲ノ花に濱ノ音は若相撲の取組なり観客の気入も至極よし、双方見事に仕切り、立上りざま荒れて跳合い互いに小手先にてせり合いしが、ついに濱ノ音は稲ノ花を押切りて勝。
・井筒に長山も押切りて井筒の勝。
・清見潟に柏戸は清見潟ちょっと立ち後れと見えしが、難なく敵を引受け柏戸が左を差して寄り来るを「うっちゃり」て清見潟の勝。
・磯風に高千穂は諸人待ち設けの取組なり、両力士は仕切も十分尋常に立上り突掛け合ううち高千穂は両差となり、磯風は上手に敵の両手を巻いて揉合いしが、また離れて小手先のせり合いとなり今度は高千穂が右を差せしを磯風は左にて此の手を巻き我が右手を敵の胸に構い無二無三寄るよと見えしが、是れなん一時の計略にて相手が寄られじと前へもたれさするの為なるべし、思いし如く高千穂は寄られじものと差手に力を籠めて防ぐにぞ、此の時なりと磯風は少しく体を後ろへ引きつ「投」を打ちて見事の勝を得しはまさしく四十八手投の内にて「寄り戻し」という妙手と知られたり。
・西ノ海に剣山当日第一の取組なれば名乗の上がるや場内は暫時どよめき渡りけり、さても両力士は静々とシコ踏み鳴らしつ仕切合いしはいずれも優さず劣らざる立派の力士なりき、そうこうするうち気合よく立上りちょっと突掛けて「左四ツ」となり揉合う中、剣山が右手に「上手廻し」を引かんとアセるを西ノ海は腰を切りて取らせざりしが、ようやくにして剣山の右は敵の「上手廻し」に掛かりたり、スワ千番に一番の大相撲にならんかと又もや場内騒ぎ立つうち双方取り疲れ水となりしが、西ノ海に痛ありて引分は残念至極に覚えたり。
・高見山に大鳴門は直ぐに大鳴門の「鉄砲」にて踏切り大鳴門の勝。
・楯山に千羽嶽は間もあらせず千羽を押切り楯山の勝。
・(中入後)一ノ矢に竜ヶ鼻は、一ノ矢左を差し右に上手廻しを引き「持出し」て一ノ矢の勝。
・常陸山に立田野は「ヤハズ」を構いて押切り常陸山の勝。
・大達に廣ノ海も中々に見所のある相撲なりしが大達は又もや敵を呑み最初は痛く突倒し二度の仕切も馬鹿にせし様子にて廣ノ海も立ち具合の悪しきより三四度仕切直し今度は中腰よりすぐ立上りしに、大達は何のという気組にて引受け、寄らせながら「うっちゃ」らんと思いしが廣ノ海は寄行きながら内掛にて「モタレ込」みしにぞ大達は意を達せず敗を取りしは是非なし、廣ノ海の勝は感服感服。
・浦風に上ヶ汐は片手突張り片手殺し合いて揉合ううち水入り、上ヶ汐に痛ありて引分。
・手柄山に鞆ノ平は押切りて鞆ノ平の勝。
・武蔵潟に梅ヶ谷は至極気合よく立上り、梅ヶ谷は左を差し右を差さんとするを武蔵潟は差させじと左にて此の手を殺しつありしが、梅ヶ谷は無二無三にコジりて右を差し「ミツ」を取りなお左をも「ミツ」に渡して力限り寄るにぞ、武蔵潟は寄られながら上手に敵の「ミツ」を取り一心不乱に堪えしが、ついに土俵まで寄られしに詮術なくただ「うっちゃ」らんとする時、おのれ早く踏切りて梅ヶ谷の勝とはなりぬ。
腫れ物のために休場していた梅ヶ谷が戻ってきました。現在ならば大関が初日から休んで途中出場するという事はまず無いのですが、当時はやはり顔触れによって1日1日の客足に大きく影響が出たわけなので、出場できるなら出てくれという依頼が年寄連から出るものでした。復帰早々の力強い相撲はさすがですね。
明治16年夏場所星取表