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レトロ相撲記事。

明治~大正の新聞記事は大変興味深い情報の宝庫です。味わい深い文体も楽しみながら、古き佳き時代の相撲場風情を満喫しましょう。 緑色の文字は作成者のコメントです。

明治21年春場所初日 (毎日新聞/明治21.1.6)高砂の復権

Posted on 2007年1月12日2026年3月1日 By gans 明治21年春場所初日 (毎日新聞/明治21.1.6)高砂の復権 へのコメントはまだありません


○回向院大相撲
・客年の春場所以来、同社会は例の高砂事件に付き同年五月の場所などはほとんど花相撲の如く、東西にて主なる力士は欠勤がちにて観客少なく、為めに当時の勧進元その他の年寄等も余程の損失なりしと、然るに本年の相撲は此の紛紜も和解したる後なり、且つは若手力士中出世のものもありて是等は必死に働くとの事なれば昨日などは初日とは言いながら中々の景気にて、観客中副島宮中顧問官、吉井宮内次官、安藤元老院議官その他の貴顕方をも見うけたり。
・又この日鶴ヶ濱は前夜より病気、常陸山は眼病、大達は黄疸にていづれも出勤せざりしが、五日目くらいよりはいづれも出勤するならんと云う。
・又高砂浦五郎は勝負検査のため四本柱に出張し居たり、その勝負は左の如し。
・朝日川に真鶴は左差し、スクイ投げにて真鶴の勝。
・海山に相生は、此の日屈指の角觝なれば如何あらんと見てあるうち力士は充分に仕切り立上り、突合い左四ツとなりて海は例の出し投げに行きしが残されたればカタクなりて角觝大事に取り、相生もまた今年幕内へ入りたるばかりなれば見事海山を土俵の砂に埋めてやらんとの意気込みにて始終元気よく敵の試したる出し投げに行きしが残りて、互いに揉合ううち水入り、再び揉合いしが取り疲れ引分は充分なりし、しかし今少し行司の声遅かりせば見事相生の勝ちなるべし。
・知恵の矢に上ヶ汐は、ヒネりて上ヶ汐の勝。
・高千穂に伊勢ノ濱は、立上り高左差しとなりてヨラんとする意気込なりしが、伊勢はこれを泉川に行き極め出さんとするうち、高は差し手を充分に差し無二無三にヨラんとする時、小手投げにて伊勢の勝は老練老練。
・緋縅に西ノ海は、左差しスクイ投げにて西ノ海の勝。
・剣山に出釈迦山は、突落して剣山の勝。
・八幡山に吉ノ山は、立上り突合い右四ツとなりて八幡はちょっと蹴たぐりしが残されたるより、今度は金剛力を出して攻め付くるを下手投げにて吉ノ山の勝は場内大喝采。
・千羽ヶ嶽に綾浪は、左差しすくい投げにて綾浪の勝。
・鞆ノ平に竜門は右四ツにて揉合い、鞆は遮二無二より行きしゆえ、敵の腰つぶれて鞆の勝ち。
・平ノ戸に嵐山は中々に面白き角觝ならんと観客はいづれも注目し居るうち、力士は丁寧に仕切り立上り、平は左を差したるより敵はこれをため攻め行くうち解けて渡し込みしに、平はこれをはたき込み充分に勝利ならんと両手を掲げ、嵐もまた充分渡込みし際敵に踏切りありとて同時に両手を掲げしより物言い付いて預りは穏当なる事に思わる。
・千年川に大鳴門は右差し、よりて鳴門の勝。
・真力に一ノ矢は、立上り突張合ううち水入、のち揉合い左差しヨリ切り一ノ矢の勝にて打出したり。

○西ノ海と嵐山の席順
・本日初日の回向院大相撲の番付面は一昨日の紙上に掲げしが、右の番付出版に際し一の苦情起こりて少しく延引し、同日ようやく配りたる始末なりという、その苦情は西ノ海が嵐山の上席を占めて小結となりしに付き嵐山本人は勿論、師匠の大達等も承知せず、もし公平の番付を出すつもりなれば前年の場所に勝ち多くして給金を直したるものの席を進むべきが当然なるに、西ノ海は昨年五月の場所には休みたるにも拘わらずこれを元席の小結に置き同人よりも働きたる嵐山を其の次席に置くは不当なりと云うより、会社の役員はしばしば大達方に往復し種々に詫び入りたるが、先方はなかなか聞き入れず、ついに大達より板元根岸方へ番付の配りを差し止めたればいよいよ事面倒になり番付の出版も遅るる次第となりしが、ついに会社の役員より当場所にて嵐山が西ノ海と勝星同数なる時は当五月の場所に至りて嵐山を小結に進むべく、もしまた嵐山十日の角觝に負け越すとも当五月の場所には嵐山の席を換えずして元席に置くべしとの約定書を大達に入れ、ようやく事済みになりしと聞く。(1.5)
○力士の組合
・今後は地方出稼ぎ其の他花相撲興行とも左の組合にて行う事なるべしと、或る人の予言なり。

【和解】
先場所は高砂が会所(協会)への訴訟を起こすなど内紛状態で、力士も相撲に集中できず休場者が相次ぐなど散々でしたが、どうやら状況は落ち着いたようです。新進力士も台頭してきており期待できそうな新年の場所です。和解して復権した高砂は検査役(審判)に就任しています。
【十両】
この場所の番付表から、二段目(幕下)の上位十枚目までの四股名が少し太い文字で書かれ、出身地も一人一人書かれるようになりました。給金が十円なので「十両」という通称があったものの、これまであまり区別されてこなかった幕下上位の「十枚目(十両)」が番付面で明確になったことで、今後徐々にですが幕内と幕下の中間の地位として確立していきます。こうした経緯から、大正時代あたりまで十両は幕下の一部であるという認識で書かれる場合も見られます。
【西ノ海と嵐山】
両者の番付面についてクレームが付きました。先場所、小結・西ノ海は高砂騒動の余波で二日目から休場し、前頭3・嵐山は皆勤で3点の勝ち越しでしたが、今場所の番付は西ノ海が小結に据え置きで嵐山が前頭筆頭。現在の感覚では当然地位が入れ替わるところですが、この時代は三役力士の昇降は比較的緩やか、しかも西ノ海は3年前に大関昇進してから毎場所勝ち越しながら小結に下げられるという不運を経験しており、決して平幕に落とすような格の力士ではありません。しかし嵐山も師匠の大達も納得いかず、印刷元の根岸に番付配布を止めるよう命令するなどいろいろと仕掛けています。その後、会所からは今場所西ノ海と嵐山が同成績なら次の場所で嵐山を小結に、もし仮に嵐山が負け越しても地位を下げないという約束を取り付けて問題は収まります。
【大達】
嵐山の師匠と書かれていますが、大達はかつて高砂から破門された時に伊勢ノ海部屋へ移籍しており、その際に師弟関係になったのでしょうか。先場所の記事には大達が千賀ノ浦の養子になったことが記されており、揃って千賀ノ浦部屋に移ることとなります。大関として先場所まで圧倒的な実力を見せていましたが今場所は黄疸で休場。酒豪だったそうなので肝機能障害でしょうか。今後2年ほど本場所には出てこなくなり、力士としての全盛期はここで終わってしまいます。
十枚目の文字が少し太くなる
明治21年春場所星取表

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