○相撲取手略解 雪乃屋主人
・相撲取手の事を新聞紙に掲げ始めたるは去る明治十四五年の頃、毎日新聞社にては故服部某と、予が日日新聞に前後相続で掲げたるが始めにて、それより十七八年の頃より各新聞紙にも続々掲ぐる事となれり、元来相撲道には古来より節会の式等故実の云い伝えはあれども取手の事を定めたるは寛永以後の事なりとす、けだし往古よりの云い伝えには角力は殺手なりとあり、聖武帝の神亀三年角力節会を創始せらるるにあたり近江国より滋賀清林(行司の元祖)を徴して御式の行司を命ぜらる、この時より相撲に殺手を禁じたれども爾来往々相手を傷いし事ありしが、寛永年間明石志賀之助等の名手出でてこの技ようよう盛んなるに従い殺傷の跡ありたるより幕府は相撲に逆手を用ゆるを厳禁せられたれば、順手四十八手すなわち反り十二手、捻り十二手、投げ十二手、掛け十二手を定めたりと云う、思うに昔時相撲を以て武技の一に数えたるがゆえに、戦時にありては敵を傷うを以て本旨とすと、むべなり、元亀天正以来諸国に群雄割拠して戦争止む時なく各自武技を練ると共に相撲の取手より順逆の手を区別して柔術(当時柔術と云いしや否は知らず)を発明し、逆手を以て本旨となし組打の技に供したり、ゆえに相撲の取手は順手をもって本旨とせり、追年相撲の技進歩すると共に本文四十八手に表裏の手を生じ、また「手捌き」八十二手「手砕き」八十六手と注したれども、順手を以て取り捌きしにおいては制限を加える限りなければ追々取手増殖して今はほとんど各々三倍あるいは四倍にもなり居るべし。
○四十八手の事
・そも四十八手の事については宝暦以来出版せし相撲に関したる諸書を参考するに、その記するところ大同小異にして著者後輩が先輩の記せし名称文字等をそのまま記するを厭い無体に付会せし熟字を新製し或いは漢字等を挿しはさみて読者を瞞着せんとするに似たり、世人多くは相撲の取手を四十八手に限り居る如く思うは非なり、四十八手とは剣術柔術等に用うる大要の形と一般なりと知るべし。
○頭手腰足の事
・「反り手」とは敵に対するとき主に頭を働かせて相撲するを云う、「捻り手」とは両手を主に、「投げ手」とは腰を主に、「掛け手」とは足を主に働かせる相撲なれども、頭手腰足ばかりにては相撲は取れず、四肢身体相まってその働きをなすものなり。
○手捌き、手砕きの事
・「手捌き」とは立合の時行司が引く団扇と共に立上り互いに勝を競い早く勝を取らんとして取捌くを云う、「手砕き」とは敵が己れに勝を取らんとして取捌く手を打ち砕きて反対に勝を取るを云うなり、ゆえに手捌きは相撲の本旨にして、手砕きは敵が取捌く手を防ぎ、しかして勝を取るものなれば取手の末と知るべし。
○反り手の事
・「反り手」は甚だ区域の狭き取り手なり、単独なる反り手にて勝を取るは撞木反り、寄り反り等なり、「撞木反り」とは敵の腋の下へ頭を入れ片手を敵の股に差し入れ片手に腕を取りて引きかつぎ、丁度撞木の如き形となり後ろへ反るを云う、「寄り反り」とは敵を土俵際まで追い詰め敵が堪えて突戻さんとする機会に腰を落して反るを云う、「掛け反り」「河津掛け」などは足を掛けて反る手なれば単独なる反り手と云い難し、また単独なる掛け手とも云い難し、これらの手は間々見る事あり。
○捻り手の事
・「落し」「巻落し」「叩込み」など記するは皆捻り手に属する手にて詳しく記せば捻りて突落し、捻りて巻落し、捻りてハタキコムと記すべきを省略したるなり。
○投げ手の事
・投げ手は種々なれど、投げずして投げと云うは不審と思う人も有るべければ、その一二を記すべし「持出し」「釣出し」など記するがすなわち投げ手に属するものなれども、たまたま相撲を見る人々の投げ付けられて身体に土の付かざれば投げ手と思わぬも有るべし、投げ手とて必ず投げ付くるの謂にはあらず、腰を以てすまうの称なれば一言せざるべからず、持出しといい釣出しといい等しく「櫓」と云うが本文なり、この手は互いに四つつがい挑み合ううち力の優りたるもの上手に力を籠めて引付け釣上げて持出すを「上櫓」下手に力を籠めて持出すを「下櫓」両手を下手に差し廻しを引き腹に力を籠めて引付け釣上げて持出すを「腹櫓」と云う、すべて腰に力を入れてするを投げ手と知るべし。
○掛け手の事
・「掛け手」と云うはすべて足を働かせてすまうの称なれども足ばかりにては相撲は取れず、前にも云いし如く身体四肢相まって相撲するものと知るべし、けだし掛け手は互いに憤激して力を角するものと少しく異なる所あり、相撲中四つにつがい互いに隙を窺い合ううち進んで敵の空虚をつくためにし、或いは敵に攻め立てられて防御に用ゆる甚だ窮したる手なりと知るべし。
○廻しの事
・「廻シ」力士の腰に帯びる特鼻褌を締込み廻し、或いは単に廻しと云う、その称の由来を尋ぬるに甚だ漠なり、しかれどもこれを取ると云い引くと云うの区別あり、後ろにある縦三つ前にある前袋を取ると云いて左右の脇なるを引くと云うは用語なり、しかるにこの判然たる用語をみだりに記しつつ報道する新聞紙あり、それ等は少しく注意して報道するがよし。
・相撲取手をことごとく記さば数日の紙もまた足らざるべければ、ただ本紙を愛読せらるる諸君が相撲記事を閲覧せらるる栞までにかく記すになん、けだし諸君が相撲を見る大体は勝負を判別するが主要なれば日々大概の報道を似て満足せられん事を希望せざるを得ず。
ニュースというわけではありませんが、相撲記者らしき人の短期連載がありました。危険な技を禁止するために相撲の基本技である四十八手が定められたとの事です。順手というのは相撲の原則にのっとった技という事になるのでしょうが、何やら種類が多くて難しそうですね(;・ω・)手捌き、手砕きも今はほとんど使われない言葉です。