○奉納角觝の光景
・一昨日九段の靖国神社境内にいて興行せし奉納角觝は、一月場所以来久々の顔合せなれば定めし面白き勝負のある事ならんと好角連はいずれも片唾を呑んで見物し居たるが、力士は回向院の大相撲を前に控えたるため奥の手を出すを見合せしと見え、取り口さまでに面白からず遊びの力士さえ多く見えたり、されど朝汐、鳳凰、常陸山の如きはさすがに眼に立ち荒岩、梅ノ谷、岩木野等はこれに次ぎて人目を引けり、幕下にては谷ノ川、嶽ノ越など見るから頼もしき心地せられぬ、総じて力士社会にては地方より戻り来るものの日に焼けて黒くなるを見れば元気付きたりとて喜び祝うが常なれど、本年はいずれも元気揃いと見え荒岩、小松山、鶴ヶ濱、小錦など常々色の白きものもすこぶる黒くなり、その他は皆黒き色になお黒の色上げをなしたる如くにて、見慣れし目にも珍しき心地せられたり。
○回向院大相撲の番付
・明十日より興行すべき回向院大相撲の番付を得たれば例により新旧を対象して左に掲ぐ(番付略)右番付のうち、目下病気のため出席の難しきは大戸平、海山、外ノ海、北海の数名にて、貧乏神へ退けられし唐辛も出席覚束なかるべし、また若島大碇の二名は今もって姿を見せざれば出席はなきものと思わる、なおその他にも欠席者あるべけれど勝負の上には意外に面白き取り口もあるなるべし、また式守与太夫に故師匠の名跡を継ぎて伊之助となり、木村亙は養家より立ち戻りて庄太郎と改め、木村正吉は先代の名を継ぎて庄九郎と改名の披露をなしたり。
○角觝雑俎
・回向院の櫓の鳶明日は天気になれと啼けばにや昨日の昼頃少しく薄日を漏らせしが、地盤は未だ乾かざれば今十日の開場思いも寄らず止むなく一日延引し、今日太鼓明十一日初日と決したり、されど天気模様に依りてはなお此の上の延引あるやも知れず、雨は角觝の禁物なれどまた潤うという言葉もあれば、さまで力を落さず晴るる時まで待った待った。
・今回の本場所興行につき勘進元力士等へ贈り越したる幟の数はいつもにまして頗ぶる多く、東両国橋詰より細道へも建て連ねてなお所せう思わるる程なり、また新橋柳橋吉原等の各芸者連、三遊柳の両落語家連等の総見物付け込みありて上等桟敷はほぼ売り切れの好景気なりと。
・年二期大相撲の大番付は各力士とも競って買い求め己がじじ得意先へ配るを例とし、その売れ高も莫大の高に及ぶものなれど、本年は紙価印刷代等いずれも騰貴し一枚八厘の卸値段にては元方引合わずとて一銭に値上げを求めたるも、力士連は不服を唱えて承知せず、よって版元は止むを得ず従前の値にて売る事となり、その代わり数を売りて儲けんとし、もし番付発表と同時に新聞紙へ記載せられては売れ高に響く事もあらんとて秘密に秘密を尽くし居たりしが、果してその甲斐ありしや否やは未だ聞かず。
・諸式高値の響きは独り版元のみに止まらず興行人の如きは開場前より少なからず胸を痛め、もし興行中十日間も雨に降らるれば上白四升何合の米を各力士のために喰い立てられ如何なる損耗を招くも知れずとて、密かに申し合せ下白米に台湾米を混ぜ炊き出さんと計画せしに、早くも力士の耳に聞こえて一同俄かに騒ぎ立ち、南京米や台湾米を喰わされてこの力業がなるものか十日も喰って居る内に中ずりの毛が段々伸びて野郎頭が何時の間にかチャンチャン頭となるやも知れずとていずれも病気を唱え出し欠席せんと謀るより、かくてはかえって損なるべしとて四升八合の上米を食料に宛る事となしたり。
・各力士地方出稼ぎの結果、小錦朝汐の一行は多少懐中を暖めしも鳳凰大砲の一行は損益差引さまで残らぬ様子なり、また大戸平荒岩一行はかえって少しく凹みの様、鉞り境嶽の一行は大失敗なり、独り鬼の留守に洗濯の余徳ありしは稲瀬川谷ノ川の一行にて、東京より近県を徘徊し居りしため雑費かからずして意外の利益を占めたり。
・総じて力士の境界を見渡すに、或る二三の者を除くのほか本場所の興行近づく時は多くは芸者に買われ贔屓客に招かれ、身に美服を纒いて茶屋が元に幇間の真似をするもの多く、己が力量を磨かんよりはかえって遊興のみを楽しみとし、場所の勝負を心に掛けて力量の減ぜんを恐るるもの日一日と減ずる如く見ゆるは斯道のため嘆かわしき事にこそ。(5.10)
○回向院大相撲
・前号の紙上に記せし如く、いよいよ昨日太鼓を廻し本日を以て開場する事となりたり、今その場所の前景気を見るに、回向院表門内には二ヶ所の作り庭を設け、ここに今回の勧進元木村瀬平が去る頃浜離宮において天覧角力をなせし際その身に装いし装束姿の大額(これは神田区大和町菓子商舟木鉄之助より贈りしものなり)を飾り、吉原稲弁楼より贈りし積樽その他大国旗吹流し等を立て、両国橋詰より回向院境内までの間には贔屓客より各力士へ贈りし幟数百本を押立てたるなど、すこぶる好景気に見受けたり、さて今回の興行に付き幕内力士の給金を聞くに、
(五十円)小錦
(二十九円七十五銭)大砲
(四十五円)朝汐
(三十八円五十銭)鳳凰
(二十七円)逆鉾
(二十一円)荒岩
(二十七円)源氏山
(三十五円)大戸平
(三十二円五十銭)若湊
(二十六円五十銭)海山
(二十五円二十五銭)鬼ヶ谷
(十六円)梅ノ谷
(二十二円五十銭)外ノ海
(十六円五十銭)狭布里
(十三円)黒岩
(二十六円五十銭)谷ノ音
(十六円二十五銭)越ヶ嶽
(十六円)松ヶ関
(二十四円五十銭)千年川
(十四円二十五銭)小松山
(十九円七十五銭)大纒
(十六円七十五銭)鬼鹿毛
(十七円)大蛇潟
(十五円七十五銭)當り矢
(十五円七十五銭)大見崎
(十八円二十五銭)玉ノ井
(十三円)増田川
(十六円)不知火
(二十円二十五銭)北海
(十六円七十五銭)若島
(十五円七十五銭)高見山
(十一円五十銭)鶴ヶ濱
(十一円七十五銭)玉風
(十四円)天ツ風
(十四円七十五銭)岩木野
(十二円)小天龍
(八円七十五銭)一カ
(5.11)
夏場所開催間近、天気は今ひとつのようですが各力士とも稽古を積んできているようですので熱戦を期待しましょう。番付は当時1枚8厘、現在でいう40~50円といった感覚でしょうか。紙の価格高騰により1銭への値上げを検討したものの大ブーイングにより断念(;・ω・)新聞も気を使って新番付を前もって洩らすことなく売上に貢献しようとしたようです。巡業の方はやっぱり人気力士のいる一門は利益を上げましたが、十両力士を筆頭にした「小相撲」では大赤字のようです。