・昨日回向院八日目の相撲は明け方の曇天ゆえか朝のうちは人出も少かりしが、あたかも好土曜半休暇の事なれば昼過ぎよりは中々の大入りなりき。
・番数の内、井筒に稲ノ花は気合よく立合い、稲ノ花は右を差すや否や一杯に寄りて勝。
・達ヶ関に勢イは立派に立合い、勢イは右を差し左にて上手廻しを取り、釣りて持ち出だし勢イの勝。
・緋縅に高千穂は美しく立合い、高千穂右を差し左にて相手の右手を殺しピッタリとくっつきて押し合い居たるが、水となり高千穂に痛みありて引分。
・桐山に上ヶ汐は花やかに立合い、上ヶ汐は右を差して廻しを取り左にて相手の右手を殺し、しばし揉合いたるが上ヶ汐は一声叫びつ右手を引き付けて寄ると見せ相手の力を測りて左手を放し、指手に力を入れて一ツ引き右足を揚げて「足クセ」を搦みしかば、桐山は足を伸ばして之を堪らえしに、上ヶ汐は足をほどき今度は「釣り」にて持ち出さんとする所にて水となりしが、桐山の方に痛みありて引分となりしは尤も千万。
・千羽ヶ嶽に手柄山は穏やかに立合い、千羽ヶ嶽は左を差し右手にて上手廻しを取りしは是れ千羽ヶ嶽のあつらえ通りの手なれば何條猶予のあるべき、グッと引き寄せ釣りて持出し千羽ヶ嶽の勝。
・司天龍に武蔵潟は、本場所初めての顔合せゆえ取口如何と見物は固唾を呑んで見てありしに、一声の立声と共に立上り双方左を差して組みしが、武蔵潟は差されし相手の左手を絞り、差せし右手を抜きて得意の「ナタ」に掛けんとせしを、相撲巧者の司天龍なればすぐに右手を差し替え左手にて内より「ハヅミ」を構いしを武蔵潟は上より「閂」を掛け、鬼力を出して絞りしかど余り深くして利かず、其の間司天龍は肘を張り頭を相手の胸に付けて堪らゆるを、武蔵潟はぢりぢりとゆすり上げようやくに土俵を進む所を、司天龍は「足クセ」を巻きしが利かず、かえって体を崩しアワヤ押されて踏み切らんとせしに、其の時司天龍は差し手を利かせ右へ捻りしかば武蔵潟の体は前へ流れ司天龍の後ろに転びて土俵の外に落ち司天龍の勝。
・(以下中入後)大達に浦湊は難なく立合い、大達は立合際より「テッポウ」を突き出すに浦湊は一足も堪まらず踏み切りて大達の勝。
・常陸山に勝ノ浦は気合よく立つ所を、常陸山は一つ「カッパジキ」しに、勝ノ浦は美事に持て行かれ常陸山の勝。
・稲川に浦風は立合申し分なく「四ツ」になりて揉合い水となりしが、稲川の方に痛みありて引分。
・出来山に柏戸は立合申し分なく出来山は左を差し右にて廻しを取りすぐに寄らんとする所を一ツ振られまた押し切らんとする所を「引キ落シ」に掛けられ柏戸の勝。
・鞆ノ平に西ノ海は双方土付かずの日ノ出力士、気入りて立合い二ツ三ツ刎ね合うと西ノ海は例の通り左を一本引張り込みしを、鞆ノ平は驚かず一つ押したるに西ノ海は得たりと抱い込みたる手を振り廻し「打ッチャリ」て勝たんとせしものから、鞆ノ平の体は崩れてあわや決まらんとするこの時遅し彼の時速し鞆ノ平の右手西ノ海の左脚に掛かると見えしが西ノ海の体は真仰向けに倒れ足を取られ「アビセ」られたるにて美事に鞆ノ平の勝となりしはあっぱれの働きなり。
・高見山に若島は立合立派なりしが、若島は立合より鉄砲を突き出し高見山は溜まらず突き出され若島の勝。
この日は何と言っても好取組2番に尽きます。好調者同士の対戦は期待通りに熱戦となりました。ハヅミに構えるというのは筈に掛かるという事でしょうか。西ノ海は東京本場所での初黒星です。これで土付かずは鞆ノ平1人になりました。十両は大達が勝ちっ放していますが、相撲内容も圧勝ぶりが目立ちます。
明治15年春場所星取表
西十両1・常陸山虎吉