○回向院の大相撲
・一昨十三日より開場、当日日曜日なりし故か興行初日としては近年に見ざるほどの大入なりき、殊に当場所は土間桟敷の場代を割引し特別席一人三十八銭を二十五銭となし、一等席の二十五銭を二十銭に、二等席の十五銭を十銭に、三等席の七銭を三銭に減し木戸銭の一人十銭は例の如くなれど新たに子供札を六銭に売り出したるは是までに見ざる破格なり、かく場代を減したる一の原因は西の大関大戸平等の病気欠勤と世の不景気を年寄共の洞察せしによるならんか、さて例によりて当日の勝負及び勝負の評を左に掲ぐ。
・海山笹島は、立合に海山の少しく立ち後れたるにも構わず左四ツ手に組み、二三合挑むと見る間に海山敵の差したる左に右手を引かけ、ひと捏ねこねて捻ぢ倒したるは小手投のまがい、こねなげなり。
・北海出羽ノ海は、立合に北海より突出す右手を出羽がたぐりこんで一本背負いを打たんと背負い掛かる機会北海の体を充分にアビセ掛てモタレ込みたるため、哀れむべし出羽の腰砕けて敗を取る。
・鳳凰は高ノ森を苦もなく突出し。
・千年川唐辛は、右四ツに組み二三合挑むと見る間に辛子の千年を釣上げて一廻りながら釣出さんと土俵際まで寄りすすむ、千年の右足土俵にかかるやいな左足に外掛して組みたるまま千年上になりて倒る、団扇は千年に揚がる、辛子より無理に物云いを附けて預りとはなりたれど勝星は千年の物。
・越ヶ嶽は谷ノ音を立合にすぐ押切る、けだし谷の立ち後れなり。
・小錦小松山は、立合に小錦左を差して寄り切りたるは見栄えなき相撲。
・西ノ海小天龍は、手先に挑み西より寄り進むを小天の引きはづして逃げんとする一刹那、西が左にはじきたるため哀れ天の腰砕けて敗を取る。
・中入後、玉龍升ノ戸は立合に玉が突出す右手をたぐり、土俵際に体を入れ替えながら突出したるは綺麗な相撲の手。
・響升は、司天龍の左手を取て寄り切り。
・大達大戸崎は、左四つに組み大揉みに揉み合い、水入りて又も揉み合いたれど勝負のいつ果つべくとも見えざれば遂に引分けとなる。
・外ノ海梅ヶ崎は、はじめに二三合突き合い梅の両手を外の胸にあてて土俵際まで押し付る、外の土俵に足を踏掛け押し返さんとするとたん梅の引戻しながら又も諸手をあてて土俵際に押付け、アワヤ今ひと押しと云う一刹那、外の体を入替えながら右手に梅の高股を取て見事にウッチャル、梅の二度まで敵を土俵際まで攻め寄せ思わざる敗を取りしを残念に思いしか、物云いは付けたれど預りと披露せしは土俵の上だけ。
・一力に大纒は手先に挑む一力より寄り進む、纒が土俵に踏みこらえる機会一力右手に纒の高股を取り、渡しこまんとする所を纒がかさにかかって押潰したるは気の毒にもまた哀れなり。
・朝汐鬼鹿毛は、鬼が左をさして寄て来る所を一息と突き飛ばす。
・若湊大碇は、立合に湊は体を潜め両手を碇の胸にあてて押出さんとす、碇は湊のあてたる諸手を下より軽く押さえ付けてヂリヂリと土俵間近まで押し付けたり、湊のコリャ堪らぬと当てたる手を引ぬきながら左にかっぱじかんとせしかど、この時遅く碇の体をあびせ掛てモタレ込みたる手の早く、遂に湊の土俵を割て碇の勝相撲となりしは中々の大相撲なりき。
今場所は入場料金がかなりの値下げ、子供料金も新しく設定されました。こういう細かい改革は明治相撲界の得意とするところです。西ノ海と小錦が元気に登場していずれも持ち前の取り口で勝利。見栄えの無い相撲というのはあっけなく一方的に決着がついてしまったという意味でしょう。西方は大戸平と大砲が休んで新関脇の大碇に重圧がかかります。新入幕の一力と梅ヶ崎(うめがさき)は健闘むなしく黒星発進。
明治28年春場所星取表