○大相撲紛議落着す
・例の大相撲紛議について、本所区内の各望家青木庄太郎、草苅矍翁二氏が大戸平以下団結力士に対し懇々慰諭されし事は前号記載の如くなるが、さしも一徹の力士達も二氏が物柔かなる談判には屈伏したりと見え、しからば御説諭に服すべしと答えしにぞ、言い甲斐ありと打喜びこの上は仲裁者なる室田景辰、飯島保篤、伊志田友方の三氏へも委細の趣きを通知すべければ、一同にも打揃い本所警察署へ出頭し三氏の前に於いてこれ迄の成行きを述べ、とくと仲裁の労を謝すべしとて二氏は即刻西の方共同稽古場を引取り直ぐさま警察署へ到りて団結力士の出頭するを待受けたれども、一昨日午後四時まで何の音沙汰もなし、さては再び破裂せしかと人を八方に出して集会の場所を探らせたるに、団結力士は回向院前相撲茶屋武蔵屋方へ膝突き合わして集会し居たるにぞ、片時も早く来られよとしきりに出頭を促したり。
・この時相撲取締高砂浦五郎は相撲協会へ顔を出し、その座に居合せたる八角灘右衛門に向かい自分は感冒の気味にて協会へも出勤せず、それがため種々入り組みたる葛藤を生ぜしは如何にも相済まざる儀なれば謹んで謝罪すべし、ついては過日御身達より差し出されし辞表を返却し留任を願いたければ何卒承引しくるる様に、と持参したる辞表数通を返戻したるに八角は別段これを拒まず、自分が辞表提出の理由は力士等の唱うる規則改良に同意なるも既往の事を鑑みるに中々改良の目的を遂げ得べきものとは認めず、むしろ退身するにしくはなしと職を辞したるだけなれば、貴殿が留任せよとあれば随分留任すまじきにあらず、しかしこれは自分一人の意見なれば他の人々の所存の程は何とも断言いたし難し、と穏かに答うれば高砂も打ちうなづき、御もっともの次第なれば自分は御身達の意見に応じ取締を辞せよと云わば早速辞職すべきに付き、各氏留任する様に宜しく取計らいを願う、との事に八角も今はとて返戻の辞表を受取りこの由それぞれへ通知したるに、八名の人々は高砂さえその一言に背かざれば留任する事勿論なり、と一同旧職に復したる事を武蔵屋に集合中の大戸平、鳳凰、大砲その他の力士が漏れ聞き、異口同音に万歳を唱えて小躍しつつ警察署へ出頭したり。
・これにて最早紛議落着の気色を示せしにぞ、仲裁者も胸を撫でながら大戸平以下一同へ向かい今回申出でたる相撲規則改良の事は我々においても最も賛成する所なれば、決して等閑に付する事なく一臂の力を添うべきは無論なれど、この際に臨みて改正の考案に日子を費やすは甚だ不利益の至りゆえ、当春場所は従前のままに据え置き、来たる五月興行までに実効ある改良規則を設くるとも遅しとは言うべからず、さすれば矢張り各々方の意見は貫徹すると云うものなればまづここもとは血気にはやらず明日にも太鼓を廻す方しかるべしと諭したるに、大戸平等も唯々諾々欣然としてその説に従いしが、連署したる者のうち欠席の向きもあれば確答は翌日の事としてひとまづ同署を引き揚げしが、かくなりては更に異論者の起こるべきはずもなく昨朝は早速承諾の旨を通ずべきなれど、そこは力士の事なればこの中にても稽古を休まず事果つるを待って仲裁者の元へ行き、承諾は勿論なれども西の力士はいづれも三四日づつ夜の眼を合さずただ相談にのみ屈詫したれば平常の稽古に骨を折りたるとは事変わり頭痛みて堪え難ければ、今明両日の楽々と休息しそれより太鼓を廻したしとの事に相談たちまち一決していよいよ今十八日太鼓、明十九日初日と定まり、乱麻の如き紛紜も目出度く局を結びしかば、回向院界隈はにわかに春めき往来の人の足も何となく軽気に見えしは理りとこそ思わるれ。
・ちなみに記す、右紛議中和解周旋の労を執りたる尽力者の一人は、いよいよ興行となりて東西力士取組に付き仮病欠勤等の事は甚だ不都合なるを以て、この一事のみは当期より改良を施し観客を満足させたしと一同へ説諭したるに、西の方は鬼神にもせよ畏るる事なく必ず出勤すべしと云い、東の方も実病のほか欠勤せずと断言したる由なれば、今回の相撲は双方とも力瘤を入れること例年の比にはあらざるべし、されば観客の身に取ってはこの紛議のためかえって面白き相撲を見る事を得べしとなり。
突然ですが、事態は収拾しました。仲裁者の尽力によるものでしょう。高砂の謝罪と辞任受け入れは意外でした。これがなければ問題はもっと長引いていたはずです。西方力士は大喜び、辞表を出していた他の役員達は留任することになりました。本場所開催も決定、満を持しての開催だけに仮病休場は禁止と(;・ω・)とにかく正常に戻りそうで良かったです。記事の通り、場所後に相撲協会の新しい規約が作られることになります。