○大相撲の紛議続聞
・西方の力士代表者大戸平が仲裁者の元へ提出したる二三の説は、いづれも穏当なる事柄なれば多分高砂方にてもこれを容れ、さしもの紛擾も和解すべしとの事は前号に記載せしが、この提出案の如きは神仏に於ける御前立ぐらいものにて、一味の者団結の精神はなおこの外に在り、然れども目的とする一人の者が速やかに辞表を差出すに於ては奥の手の秘密案は世に公にせざるべし、と大戸平以下の面々しきりに敵方の模様を窺うに、更に辞職等の気振りなきのみか仲裁者もこの秘密案には推察を下されまじと思うにぞ今はこうよと思いけん、一昨日午後五時三十分頃大戸平以下三十六名の力士連署にて一の文書を協会に提出せり(この協会は十人の役員中高砂のみ踏み留まりてその余は残らず辞職せり)。
・その文意は相撲道をして隆盛ならしめんとするには宜しく不正の役員を改選すべし、我々一同連署を以てこの儀を勧告す云々というに在りて、字句手跡いづれも美事なれば武骨なる力士の手に成りし物とは思われず、何者の代作にもせよ、こは容易ならぬ事なりとますます面倒になりしかば仲裁者は同夜大戸平を区役所中の一室に招き種々説諭に及びし所、大戸平ここに至って本音を吹き三十六名団結の主意は勧告書の通りゆえ、早速役員改選の手続きありたしと述べ立てたり、仲裁者はなお言葉を尽くし何は格別興行の矢先に臨んで苦情を起すは穏やかならず、よって改選等の事は春場所打揚げの後しづかにその策を講じては如何ん、と噛んでくくめるが如く諭したれど、己れ一人の存意を以てお説には従い難しとあくまで持論を主張するを、仲裁者なお押返しそれでは論の干る時も無ければお前より一味の力士へ懇々諭して貰いたし、と押しなだめて帰せしところ、間もなく鬼ヶ谷、高浪の二人入り来たり、大戸平より我々共へ出席せよとの事なりしゆえ推参したりとの口上なれば仲裁者は又々両力士を説諭し、不幸にして東西分離とならば三百年来回向院にて興行せし江戸名物の大相撲も滅亡に帰するは必定なり、その時は何年何月西の方誰々が紛議を起こし遂に滅亡するに至らしめたりと末世末代まで人の口に上らねばならず、かくてもお前方が我意を張り不名誉をも厭わぬとの決心ならば仲裁も早やそれ迄なり、ついては明朝を期しいづれとも確答せよ、と言葉をつがえて両力士を引取らせ、それよりまた西の年寄八角灘右衛門、武蔵川谷右衛門を呼び同じ事を繰り返して諭したるに、両年寄は口を揃え必ず大戸平等をなだめ穏和のお受けを致さすべし、と仲裁者の厚意を謝して引取りしは同日午後十時四十分なりし。
・かくて両年寄より大戸平以下一味の者へ和解を勧めたるかどもあれば、昨朝は一同の者相生町四丁目なる西の方共同稽古場へ集まり額を集めて相談したれど凝り固まりし面々とて容易に和解すべしと言わず、この時区内の有望者青木庄太郎、草苅矍翁の二氏入り来たり、しきりに力士等を慰諭したれど何分三十六人の者が力瘤を張って団結したる事なれば大概の説は耳に入らず、折角まとまり掛けたりと思いしも昨夕の模様にてはいつ局を結ぶべきや甚だもって覚束なし。
・右に付き或る人は高砂に向かい何とて他の役員と共に辞職しこの紛議を解かざるや、あながちに我意を張り相撲道の衰微を招くは高砂その人のために採らざる所なりと勧告したるに、高砂は頭を振り相撲組合規約にあるが如く年寄及び有権の力士行司より推選せられて取締の職に就きたる訳ならば速やかに辞表を差出すべきなれど、自分及び雷は年寄七十余名より東京相撲世にあらん限りは二人の者に正副取締の職を委任すとの事にて連署の委任状をも受取りたる事なれば、僅々三十六名の不平力士のため身を退く事は不承知なり、それともまた目下の相撲組合規則を改正するの必要ありてその規則に抵触するような事を生じなば、その時は躊躇せず直ちに職を辞すべし、と堅くとって動かずと云う。
いきなり和解ムードが消えました(;・ω・)いよいよ西方力士は高砂を追い落とすつもりのようで色々と作戦を練っています。大相撲消滅の危機とまで言って懸命な仲裁者、高砂失脚のチャンスとばかりに粘る西方力士、辞める気の無い高砂、三者三様で事態は硬直しました。高砂以外の役員はすでに全員辞職したそうです(;・ω・)