○回向院大相撲
・昨日(六日目)は雨後の泥濘を事ともせず早朝より詰め掛けたる観客多く、各桟敷土間とも満員となれり。
・照日山に立嵐は、左四つにて挑みしが突出して照の勝。
・梅錦に宮ノ浦は、梅例の負い投げに行きしを宮は大兵ゆえ押し潰して宮の勝、もし梅の決まりならんには喝采を得べかりしに。
・小櫻に野州山は、右四ツにて野左上手を取るや渡し込んで野の勝は中々の元気。
・甲岩に大戸川は、は相四ツの釣りにて甲の勝、大戸常の力量にも似ず脆かりしは前日の休みに甚句踊りの過ぎたる疲れなるべし。
・朝日龍に嵐山は、突き合い朝は左を深く差し嵐の左筈に右を殺して寄るを、朝腰投げを打ちて見事の勝ち。
・最上山に緑嶋は左四ツに最右上手を引き、釣って最の勝ち。
・荒鷲に岩ノ森は幕下の好取組、荒の左差し上手下手に組み空き手は殺して挑み、荒寄って危かりしが寄り返して上手すかし決まって荒の勝は面白かりし。
・中ノ川に玉ヶ崎は左四ツにて投げの打合い、互いに残して寄倒さんとするを足癖にて防ぎしが、遂に寄り倒して中の勝は大相撲なりし。
・有明に大嶽は、有左を差して寄るを大は足癖にて巻き倒さんとするを、浴びせて有の勝は大兵の徳なり。
・綾渡に熊ヶ嶽は、右四ツにて熊上手投を打ちて綾危うかりしが、残して下手に体を引き左内枠にて渡し込みの勝は上出来なりし。
・小武蔵に緑川は、小立上りすぐ緑の左を取って負い投げに行きしが、緑は右上手に後ろミツを取って防ぐを、小武は襷反りにて見事の勝を占めたり。
・鶴ノ音に栄鶴は、突張って鶴の勝は呆気なし。
・鬼竜山に朝日嶽は、突き合い引落して鬼の勝は相撲にならず、朝のかく失敗を取りしは仔細のあるらし。
・御阪山に錦山は左四ツの巻き合い、御首投げを試みるも錦体を落して効かせず押し合いにて水となり、のち取り疲れて引分は錦病後初めての出勤にてはよく耐えたり。
・甲に稲瀬川は、激しく突合い甲強いて稲の浮き身を突き入りて甲の勝は苦もなかりし。
・鶴ヶ濱に谷ノ川は、鶴は左を差し谷は左を筈に右を巻きて鶴の寄り身を防ぎしが、土俵少なになりて耐ゆる余地なく踏み切って鶴の勝にて、谷の全勝もここに至って煙となれり。
・八剣に増田川は、右四ツになるや八は一斉に寄り進むに増も土俵の詰にて受け耐えしが、八は素早く釣って八の勝は大出来なりし。
・高ノ戸に千年川は、立ち合い諸手を殺し合い千押し切らんとすれば廻ってよく防ぎつつ足を取りに行くを、千の小手投げ決まりて勝を占む。
・玉ノ井に越ヶ嶽は、越の左差しを玉は巻き左は攻め合い寄って玉小手投げを打ちて玉に団扇の上りしが、越は同体に落ちしと物言い付きて預りとなり星は五分五分。
・狭布里に大見崎は、右四ツにて狭一寸足癖を見せしが大見は差し手を深く差して寄り切り大の勝は咄嗟の間なりし。
・横車に黒岩は、相四ツにて無造作に釣出し黒の勝ち。
・鬼ヶ谷に若湊は突きの一点にて若の鉄砲見事に決まりて若の勝は、鬼の突き手も緩みたり。
・梅ノ谷に源氏山は観客を呼びし好取組なれば両力士の呼び声高く、いづれも負けじと念入に仕切りて立ち上り、源は左を差し右は梅の左を殺し、源は下手を打ちしが梅の踏張りに効かずして競り合い、梅は押し切らんとするも源は耐えて寄り返し、梅は左前袋を引き源は右筈になりしも解れて左四ツとなりて揉み合い、水となりのち源より投げを試みるも動ぜず、梅は押切らんとするもよく防ぎて勝負付かずして引分は大相撲にて、観客も手に汗を握らしめたり。
・谷ノ音に小錦は待ったなしの立ち上りにて、錦はすぐ二本を差し櫓にかけて持ち出したるに、谷も余りの事と思いけん莞爾莞爾笑いて引込みたり。
・中入後、國見山に天ツ風は、天ツ國見の左を泉川に掛けしが、解かれて左四ツより相四ツとなりて挑みしが勝負決せず水となり、のち取り疲れて引分は見栄えありし。
○東西力士えりぬき評
・さて今日は西の方の鳳凰だが、人気の落ちないのはあの男の一徳だね、誰も知っている通り技倆というものは甚だ乏しい質で全く力量のみで大関の位置を占めているのだ、技倆は勉強次第でどこまでも進むものだが力量は年と共にしぼむ時節の来るものだ、しかもあの男は目下が満開であるから久しく大関の位置に座っていることは出来まいよ、これというのも地面や貸し長家で寝ていて喰えるという胸算用があってその気緩みの故であろうと悪口をいう者もあった。
・大砲はなおこれという新技倆は見えないが力量は十分備わっているし体はあの通りどえらいし、従って手は長し相手が懐に入って前袋を引こうとすれば無造作にその後みつを取り、二本差しにすればたちまち閂に絞り、足を狙えば力ではたくから相手になった者は大きな損だ、分けを取るくらいが大出来だろう。
・梅ノ谷の技倆はまだまだ荒岩源氏山には及ぶまいが、力量というは実に実に凄まじく進歩した、一たびウンと踏張ったらそれこそ大盤石千曳の岩だ、いかなる大敵も動かすことが出来なかろう、だからあの男の突き出す鉄砲を受け得る者は敵方に二三人しかあるまい、常陸とあの男と四つ身になったらどうだろう、まづ引き分けだろうね。
・谷ノ音は得意の足癖が効かぬことを悟って近来は臨機応変の妙手を出すなかなかぬけめの無い奴だ、体格もおいよに関係してた時分より肥えたようだよアハハハ。
・鬼ヶ谷は鉄砲に妙を得ているが寄る年波で弱くなったね、しかしなお見所が無いでもないが抱主の蜂須賀侯が来観せられる時は何だか固くなって平生に劣るのは可笑しいな、海山の小手投げ合掌ひねりといえば随分評判のお得意であったが一時はいささか鈍ったようであった、全く酒色にふけったからであろうが本年はやや回復の形が見える、横車は相変らず吊り一点張だ、今少しく修練したら大に昇進する目途があるのだけれども惜しい男だよ、腰自慢の狭布里この頃は大分使うそうだね証拠が顕然と見えるから恐ろしいもんだ、玉ノ井の戸長先生土俵で手叩きやら唾やら汚い真似をする男ぢゃないかい、しかし体格の良いのは得なもので不慮の勝を制する事がある、大蛇潟は両三年前に比べると力量も減じてきたし気息も長くは続かぬようだが、まだまだどこともなくしっかりしたところが見えるから嬉しい、小松山は横車と同じで吊りの一方、一時とは技倆が落ちたように思われる、今の位置で居座りなら結構さ、松ヶ関は前途有望の力士だよ初日に小錦に勝ったのをヤレまぐれ当たりだの僥倖だの怪我だのと冷評する者もあったが、ともかくも一種侮りがたい技倆を持っていることは事実だ、前場所には悩み揚げ句でやむを得なかったが本年は精一杯やって見ろ見ろ慢心をせずにな、大勇猛心を振り起したもんなら随分望みのある質だぞ、當り矢は頭の塩梅と年齢とは全く正反対まだまだ血気満々なところがあるから有難い、いつも出足が早過ぎるので不覚は取るがこの社会の愛嬌者だ。
・不知火の技倆は一寸見所がある、但したとえ自宅に紛紜があるからといって二度も三度も興行先から戻るのはよしてくれ、鶴ヶ濱は入幕の当時と大違い、勉強しろよ、鬼鹿毛例の十八番の首投もモウ効かぬ、年寄株でも買うのだろう。
・病気やら何やらで遂に欠勤した荒岩とそれから高ノ戸ね、この両人は折々行司を泣かせるほどの妙手を有しているが仕損じては埒もない。
・さてまた幕下では鬼竜山だ、十分幕内へ入るべき翼が備っている、松ノ風も次第に回復の姿が見える、得意の吊りの他に投げも巧手になった、嶽ノ越も幕下では屈指の好力士だ、よく忍耐して勝を占めることの多いは感心、淡路洋の得手はその石頭を敵の胸板にドンとぶつけて鋭気をひしぐにあるようだが他には別に特点を見出し得ぬ、鶴ノ音と鳴門龍は力量一方、國見山は当時売り出しの好力士だが力量に伴うだけの技倆はない、専念一向に勉強が肝腎だ、鳴瀬川は体格は申し分ないが技倆において申し分ありだ、荒雲は病気が全快せぬと見えていかにも血色が宜しくない、養生しろよ。
雨が上がり六日目、かなりの客入りのようです。大関鳳凰は3連敗を喫して休場してしまいました。この場所の幕内力士は、引退した大戸平と初日から全休の荒岩以外ではこの鳳凰ただ一人が途中休場で、あとは全員皆勤という優秀さで、これだけの皆勤率はなかなか珍しいです。観客が多ければ力士も嬉しいでしょうし、相撲協会が利益を上げていればボーナスの望みもあるのでやる気になっているのかも知れません。取組の方、鬼ヶ谷に若湊は双方突き押しの相撲、鬼ヶ谷も明治20年から幕内にいるという古い力士で43歳。最近若々しい相撲を見せている若湊に敗れてしまいましたが少し衰えが見えているのでしょうか。梅ノ谷vs源氏山は土付かずの小結同士という好取組ですが引き分け。双方の攻防が見ごたえあり、なかなかの熱戦でした。記事は爺さんの力士評、後半が載りました。鳳凰は不動産の副業ですか(;・ω・)玉ノ井は土俵でツバとか(;・ω・)狭布里はこの頃は大分「費う」という原文で「つかう」とルビが振ってあります。この時代の力士は酒色などの遊びで身を持ち崩すケースが目立ちますが、狭布里もここ数場所は負けが込んでいますのでそういう事を指しているのでしょう。
明治32年春場所星取表