○回向院大相撲
・皐月相撲といえば兎角雨がちにて、勧進元及び他の年寄は毎夜空模様を眺めて翌朝の天気を案ずる事なるが、本年は雨に加えて天行病インフルーエンザに冒されし力士多く、回向院の初日もそれがためおいおい永引きしかば、好角家連は到底本月は望みなしと少しく落胆の様子なりしも、病気と天気の都合ここに整いいよいよ一昨日の日曜を以て初日興行を為せり、当日回向院場内は待乳山、山響の両勧進元等へ魚市場その他より贈りたる大小の幟数本を打ち立て、場の入口にはビラなど所狭きまで張出したる有様すこぶる上景気なりき、殊に西関初めての片屋土俵入を演ずると言うより初日には珍しき入りなりしが、あいにく同人病気のため出勤せざりしゆえ皆々失望の体なりし、当日貴顕方の内にも徳川公、府知事蜂須賀侯、渡辺その他の各元老院議官等見受けたり、西関の土俵入は記者この程靖國神社において演ぜしを見たるが、病中の事ゆえ追て回向院の興行を待ちて評せんと筆を置き初日を楽しみ居りしに、出勤なかりければ観客と共に記者も失望いたせり。
・朝汐に真力は、真突張り専売の力士なれば朝も新参りの御馳走半分、立上ると等しく突張り合い暫時にらみ合となりしが、エイとの声と共にこれを振り払い手早く右に前袋を取りて引付ける体なりしが、真は引付られじと其の手を押さえ少しく引身となりしを、かねて左をハヅに当ててありしかばこれを機として其のまま付け入り、押切りて朝汐の勝は充分幕の内力士の価値あり。
・平ノ戸に千年川は互角の力士にて、なかなかむつかしき立合いなれば一層の見物なりと膝を張りて勝負如何にと思ううち無造作に立上り、平は敵が手早く右差しと付入り来るを外より巻き、体を斜に振り切らんとせしも烈しく付け入られしため腰クダケ千年川の勝、平は敵がかく烈しく来らざれば巻きしまま泉川となし例の蹴返しで極める事もありしなるべし。
・山ノ音に司天龍は、山遮二無二左を差さんと付け入り来るを跳ね返し突張りて司天龍の勝。
・大泉に今泉は、大泉敵の左差しを泉川に撓め今が攻め来るを防ぎしに、今は無遠慮にも技倆にまかせ土俵際まで押来れば大泉も此処ぞ千番に一番なりと例のウッチャリに行き、団扇は大泉に上りしがすでに踏切りありとて預りとはなりぬ。
・大蛇潟に鬼ヶ谷は、大蛇敵が手早く左差しにて右をハヅに充て押し来るより、タヂタヂと其のまま土俵際まで来しも敵の差し手を押さえ棄て身となりしかば、巧みにも付込んで鬼の勝は立派、然るに大蛇は敵に踏越しありとて苦情を構えたるも、烈しく押し来る力士なれば敵と共に土俵に落るもあり又は踏越しもあるべし、これを発として苦情を唱え其の場だけでも預けを取らんとするは実に卑劣なり、検査役はこれを如何に判断し得るかと思いしに、苦情立たず果たして鬼の勝とはなりぬ、また至当の事と云うべし。
・綾浪に大纒は、左四ツ釣出して綾浪の勝。
・高ノ戸に若湊は数十回化粧立ちのうえ首投げに行きしが極まらざる途端に突落して若湊の勝。
・小錦に大則戸は、一本背負に来りし所を小癪メト言う体にて其のまま突出して小錦の勝。
・達ノ矢に芳ノ山は、左四ツにつがい芳はスクイ投げを打たんとして浮足となりしを釣出して達ノ矢の勝。
・北海に鬼鹿毛は、立上り右四ツ鬼は足クセを巻き、投げを打たんとせしに北これを防ぎ稍々残らんとする時、体の崩れしを得たりと突落して鬼鹿毛の勝は御手柄。
・北國に鞆ノ平は、左四ツ踏切りありて鞆ノ平の勝。
・出羽ノ海に響矢は、左四ツ釣出して響矢の勝。
・楯甲に八幡山は、立上り八幡左を差さんとするを振り解き、突合ううちついに左四ツにつがい挑み合いしが、八幡少しくアセリしものか上手投げを打ちしも不充分にて未だ体の極らざる途端下手投げにて楯甲の勝、団扇も同力士に上りしが苦情起こりて預りとなりしは、或いは公平を失せしならんかと思わる。
・谷ノ音に響升は、響敵の右差しに来りしを上手を引き右にてハヅに構え、ヨラんとするうち合四ツにつがいし時、早くも足クセモタレ込んで谷ノ音の勝。
・大鳴門に春日野は、春日敵の右差しを泉川と極め撓めんとせしも、其のまま預けヨリて大鳴門の勝にて打出したり。
さて西ノ海が新横綱として番付に載った、歴史に残る場所です。しかしながら雨天続きで初日が延び延びとなったうえ横綱が病気休場。大関剣山や一ノ矢など休場者が多くイマイチ盛り上がりに欠けますが、ファンの期待は大きかったことでしょう、観客の入りは悪くないようです。
明治23年夏場所星取表