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レトロ相撲記事。

明治~大正の新聞記事は大変興味深い情報の宝庫です。味わい深い文体も楽しみながら、古き佳き時代の相撲場風情を満喫しましょう。 緑色の文字は作成者のコメントです。

明治13年夏場所千秋楽 (東京横濱毎日新聞/明治13.6.8)

Posted on 2006年6月20日 By gans 明治13年夏場所千秋楽 (東京横濱毎日新聞/明治13.6.8) へのコメントはまだありません


・回向院の相撲は一昨、六日にて千秋楽となれり、観客は七百余人あり。
・中にひときわ面白かりしは伊勢ノ濱に一本松の取組にて、立合いすこぶる念入りおよそ二十分間もかかり気合い十分満ちし時、双方立声を上げて立上がりしが、いずれも売出しの幕下力士なれば、見物はどっとばかりに鳴り渡り、勝負如何と見居たりしに、一本松は右手にて「ツッパリ」しければ伊勢ノ濱はタヂタヂと後ずさりて既に踏切らんとせしが、ここぞと力を込めて踏み堪え「ツッパリ」をはづして押返し、又「ツッパリ」にかけられしを払いのけ頭を下げて付け入り、組まんとするにぞ流石手取りの一本松もあわや突き出だされんづ有様なりしが、一本松の右手伊勢ノ濱の腋下に掛かり左手右肩をうつと見えしは是れ四十八手の一手なる「カタスカセ」と云えるものにして伊勢ノ濱は両手を砂につき、一本松は挙手吶喊、晴天十日間今日の関脇にかなう一本松と名乗りを受け、扇を戴きて退きたり。

「見物」は観客のことですね。江戸時代からの慣例で、千秋楽は幕内力士が出ません。十両幕下力士が行う「是より三役」です。ちょっと変ですね。この時代、十両という俗称はすでにありましたが、番付上は幕下と区別されておらず、記事でも一般に幕下と呼ばれています。この日の勝利にガッツポーズして雄叫びを上げた一本松という力士は期待されていたようですが翌場所に十両昇進して全休、それっきり名前を消してしまいます。廃業してしまったのでしょうか?あるいは医療が現在ほど発達していない時代、現役死去というのもこの頃は割と多く見かけます。
明治13年夏場所星取表

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