・昨日九日目の相撲は見物二千百八十九人にて九日目には上出来の景況なり。
・荒虎と司天龍は、立合際荒虎は激しく突掛け既に相手を突き出さんとするを、司天龍は土俵を廻り上手より組付きし所を、すかさず荒虎は「河津」を掛けしにぞ司天龍は余程こたえし体にて遂に腰を折りたり。
・次に梅ヶ谷と若島の取組は、若島始めより念を入れて立合いしが果たして利き手の右を差し左手は相手の右を受け、其のまま押切りて勝ちたるは日本無双の働きなりし。
江東区の富岡八幡宮には有名な「横綱力士碑」があり、そのかたわらに「超五十連勝力士碑」という石碑が立っています。これには「五十八連勝 梅ヶ谷藤太郎」と彫られているのですが、その連勝が止まり5年振りに本場所で喫した黒星がこれです。現在でもたびたび相撲関連本で紹介される歴史的な一番なのですが、記事での扱いはあまり大きくありませんね。この頃の時代は記録に対する関心が低く、過去の記録をわざわざ調べて58連勝中などと数えている人は誰もいなかった事でしょう。しかし実力第一人者の梅ヶ谷が敗れたことは事実で、場内かなり沸いたはずです。若嶋はこの時以外に本場所で梅ヶ谷に勝つことは無く、梅ヶ谷キラーにはなれませんでした。
ウィキペディア(超五十連勝力士碑)
富岡八幡宮ホームページ
明治14年春場所星取表
東大関・若嶋久三郎