・昨日回向院三日目の相撲は、見物弐千二百五十六人にして。
・中入前大達に立田野はすこぶる気入りて立合いしばしは弾き合いて居たりしが、立田野は遂に右を差して廻しを取り左も差して腋を受けしも、惜しむべし取りたる廻しの一重なるに手の緩みしかば、大達はここぞ一生懸命の所と上手より絞り揚げて揉み合いし後、水となりしが、立田野に痛みありて引分となりしは残り惜しき勝負なりし。
・勢イに荒角は丁寧に立合いしが勢イは立際のツッカケにて相手を突き出だし勝を得たるは随分巧者の取口なりと。
・荒虎に荒玉の勝負は立合い申し分なく、荒虎は左手を相手の腋下に差し、右にて相手の左手を受け雷の如き声を出だして押し切らんといらちしかど、荒玉は磐石の如く動かばこそ遂に差されし手を絞りて一振りに荒虎を振り出したり。
・武蔵潟と浦風は難なく立合い、浦風は左差し右にて相手の左手を受けんとせし所を、武蔵潟は差されし手を上より抱えて振りしかば、浦風は腰を崩し手を地に突き、ついに武蔵潟の勝となれり。
・若島と稲川は、立合うとすぐ若島は左を差し廻しを取り、それなり寄せ付けて勝を取りたり。
・関ノ戸と達ヶ関は立合申し分なく関ノ戸が突き掛けしを、達ヶ関は右手にて相手の左腋を支えながら後へたぢたぢと退き、すんでのとに踏み切らんと見えしが此の時速し彼の時遅し達ヶ関の右手、敵の左腋を離るると見えしも是れスカという手にして、関ノ戸は土俵の縁に手を突きて達ヶ関の勝となりたり。
・司天龍に上ヶ汐ははでやかに立合い上ヶ汐は頭を相手の胸につけて組まんとするを司天龍は上ヶ汐の得手に掛かりては一大事と大荒れに荒れて突き放すを上ヶ汐は勇気さかんに付け入り付け入り遂に手と手を組みて渡り合いし時、水となりしが、上ヶ汐に痛みありて引分となりしが上ヶ汐は虎口を逃れたりと言うも不可ならんか。
・手柄山と千羽ヶ嶽は立合うやいな千羽ヶ嶽は右を差し廻しを取りしかば、何かは猶予のあるべき、千羽ヶ嶽は名代の釣に掛け相手を土俵の外へ持出して勝を得たり。
・梅ヶ谷高千穂は難なく立合い、高千穂は激しく突き掛かりしかど、力及ばず寄せられて梅ヶ谷の勝となりたるは是非もなき勝負とや。
痛み分けが2番です。相手が強敵で勝算が薄い場合、水入りの際にわざと痛みを訴えれば負けずに済むわけですが、そういった部分がもしかすると無くはなかったかも知れませんね。とりあえず両力士とも翌日以降ちゃんと出場しています。達ヶ関は押し込まれながらも引き落としで逆転といったところでしょうか。「このとき速し、かのとき遅し」とは慣用表現のようです。意味は何でしょう?突然に、素早く、颯爽と、という印象を受けます。
明治14年夏場所星取表
西前頭8・達ヶ関森右衛門